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男が欲しくて三千里~男日照りでカラッカラさ!!

発展場の様子や雰囲気、出来事を思いつくままに書いていきます。

 

新型コロナウイルス(1)

アジア有数のゲイタウン東京。コロナウイルスが蔓延しているというニュースで客足が遠のいていく中営業を続けていたが、東京都に緊急事態宣言が出された令和2年4月7日を前後して、東京のハッテン場は一斉に営業をほぼ中止した。ハッテン場がいわゆる「三密」にあたるかどうかについて、「密閉された場所」「密集した場所」「密接した場所」どれにも完全に当てはまる。出入口に消毒液を置いてあるハッテン場もあったけれど、たいていは消毒液なんてなかったし、マスクしている奴も全くいなかった。そりゃ、仕方がないさ。だけど、これってまさしく今までにないレベルのハッテン場存続の危機だね。2ヶ月近く閉鎖して、果たして体力が持つのだろうか。
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新型コロナウイルス(2)

ハッテン場の固定費と言えば賃料と人件費程度のもので、これを機に、リニューアルを図っているハッテン場もある。けれど、緊急事態宣言解除後、果たして客が戻るだろうか?韓国なんてコロナが収束に向かったからと早々と大統領が規制緩和を打ち出して、梨泰院のゲイバーで集団感染が発生し、慌てて再度規制をかけている。名簿を書かせていたって言うけれど、大体こういうのは偽名で書くものだし、クラブ、ゲイバーで夜通し遊んだ後は、ハッテン場で一休みってのが韓国のお決まりの行動なんで、追跡不能というか、性的少数者という理由だけではない追跡されては困る事情があるんだわ。こうした動きを見ると、緊急事態宣言が解除されたからと言って営業再開できるものだろうか、甚だ疑問であるし、一旦遠のいた客足が戻るかどうかも怪しい。今までマスク必須、ソーシャルディスタンスを保てと言っていたものが、急にハッテン場に繰り出すとはとても思えない。当面、ハッテン場は冬の時代を迎え、どうしても淘汰されていくところも出てくることだろう。

 

新型コロナウイルス(3)

かといって、ハッテン場に2ヶ月も行かないなんて、牢獄にぶち込まれたかのような禁欲生活を送っているゲイの皆さんにとっては緊急事態宣言解除をもう今か今かと待ち望んでいることだろう。頭では分かっていても股間が言うことを聞くだろうか?そもそも言うことを聞くような聞き分けの良い股間だったらハッテン場なんて行っていないだろう。それこそ気が狂わんばかりに男に飢えた野獣たちがハッテン場にわんさか集まって、それはもう目をギラギラさせた男どもが抑えられない欲望に忠実に・・、ってどっちに転ぶんだか。それは近々に出される解除後をみてみたいことには分からない。韓国の先例を見れば、まあ言わずもがなではあるけれど。

 

新型コロナウイルス(4)

少なくとも、ハッテン場が三密である状況は変わらない。だとしたら、三密、この基準を少しでも緩和させて営業すればいいんじゃないかね?まずは「密閉された場所」については換気扇を回し、扇風機を回し、ドアを開けたまま、そして窓も開けたままにする。「密集した場所」は・・ソーシャルディスタンスとは真逆の行動を取らないとハッテンできないしな。「密接した場所」も、まあ密接するところだし・・。覆面でヤルとかしかないかな・・。まあ、早く安全にハッテンできる日が来ますように。そして裸の異文化交流、国際貢献ができる世の中が来ますように。

 

新型コロナウイルス(5)

コロナウイルスは収束どころかまだまだ蔓延、拡大は続き、日本では第三波が襲来している。一方でイギリスではワクチンが承認されたという明るいニュース。2021年度はオリンピックが行われるのかどうか、今のところ本気かそれ?みたいな感じでもあるけれど、期待としてはコロナウイルスの心配なく行事が恙なく行われる、そんな日常に戻って欲しいところ。ハッテン場のコロナ対策についていうと、緊急事態宣言開けの頃のような、まず体温測って消毒液で消毒させてなんてことはしていない。入口のドアさえ開けていない。三密回避で言えば不十分。ま、どうやったところで無理なんで諦めたのだろう。マスク推奨と書いてあるけれど、マスクを実際している人ってのは1割いない。ただ、ハッテン場自体を訪れる人が少なくなっているという事実に変わりはない。ハッテン場に限らず、ゲイ関連施設がクラスターになったなんてニュースは幸いにして今のところない。しかし、安全だからと言えないのが辛いところ。

 

新型コロナウイルス(6)

正直、ハッテン場がクラスターになるのは限定的だと言える。強いて言えば、リラックスして高齢者同士で和気藹々としゃべっているようなハッテン場とか、真っ暗闇で乱れ乱れて複数で絡み合ってなんてところは危ないんだろうけれど、そういう人たちは別にそもそも感染リスクが高いというか、日頃からいろいろなことに対して意識が低い人たちであって、ゲイコミュニティに限ったことでもない。ただ、不特定多数が集まる場なので、そういう人も混じっているから気をつけた方がいいってことだ。後は個々で気をつけるしかない。前、スジ筋とヤッたときは、マイ消毒液を持っていて、それでヤル前に隅から隅まで除菌した。それくらいしないとね。ハッテン場の施設自体、1時間おきに除菌してます何て書いてあっても、実際はせいぜいゴミ箱のティッシュ回収くらいしていればまだマシな方。ま、スタッフ一人じゃ無理か。収束をただただ待つしかなさそう。

 

新型コロナウイルス(7)

とうとう1月8日から東京、千葉、埼玉、神奈川の一都三県に緊急事態宣言の再発令。しかし、今回は飲食を伴う店についてが20時までの営業時間短縮要請。よって、ハッテン場の動向をネットで一通り見たけれど、主だったところはどこも通常営業。特段緊急事態宣言発令については触れられていない。まあ、20時以降は外出自粛も要請されているから、当然客足は遠のくだろうけれど、そもそも通常営業ってどうかと思うんだよね。別にハッテン場批判をするつもりはなくて、客来ないんだから短縮営業したら?と思って。開店休業状態のハッテン場って普通でもあるけどね。そういう店はもちろん経営が持たずに潰れていく。この状況、赤字経営がどれだけ続けられるかってことだよね。体力勝負。まあ、宣言開けて、ハッテン場の数が少なくなったとしたら競争相手が減って取り戻せるって算段もあるのかもしれない。再々発令がなければいいし、東京オリンピックが開かれればいいんだけどね。どっちも望み薄だったりする。

 

ハッテン場史(0)

ハッテン場の歴史、簡単な通史はいろいろな人が既に書かれているし、俺が書いたところで、ほかの人の書いたものをなぞったものになってしまうだけなので、ここでは触れない。単なるまとめサイトみたいなことはしたくない。ただ、いろいろ調べてみると、やはりノスタルジーというか、昔はよかったみたいなことをふと思うことがある。ハッテン場は既に何度も危機を乗り越えてきた。コロナに限らず、HIVやホモフォビア、薬物などハッテン場が消えてもおかしくない出来事がこの短期間にいろいろ起こってきたのだ。このブログでさえもいつ消えるかわからない儚いものだが、海外どころか地方や都会への移動すら容易にできなくなった現在では、このブログが郷愁を誘っているかもしれない。そんなこんなを考えて、ここではいろいろな側面から掘り下げたハッテン場の歴史を書いていきたい。このことで、眠っていた昔の記憶を呼び起こして、郷愁に浸れたら幸いだと思う。

 

事件のインパクト(1)

ハッテン場史_事件_001
ゲイのコミュニティにおける歴史の中で、いくつかの事件は多かれ少なかれ、ターニングポイントとなり、後世に大きな影響を与えた。ここでは、ハッテン場に与えた事件のインパクトを通じて、ハッテン場がその後どう変わっていったか、その道筋を辿っていく。ハッテン場は今後どうなっていくのだろうか。「事件」は起こるべく起きたものもあれば、時代の風潮による考え方の変遷、突発的事項に巻き込まれたもの、いろいろあるが、ハッテン場はこれまで何度もその波を乗り切った。しかし、それによってハッテン場は良くも悪くも変わっていった。遥か昔に失われてしまったものもあるが、そもそも、有料ハッテン場というものはそう長い歴史があるものではない。また、ハッテン場はその性質から、事件のたびに存亡の危機に立たされている。けれど、何とか生き残って今に至るが、先人から見たら、今のハッテン場は最早別物に見えることだろう。今後も前途多難であることは容易に想像できる。ここでは、事件の前後とそのインパクトを書いていき、ハッテン場はどう変質していったかを検証したい。

 

事件のインパクト(2)

ハッテン場史_事件_002
まずは、創世記のソドム滅亡の話から。簡単に言うと性が乱れた、男色に耽っていたから神がソドムを滅ぼした。ハッテン場と関係ないのではと思われるかもしれないが、そもそも根底が神の摂理に反するのがゲイである(一部の活動家は聖書やコーランにそのようなことは書いていないと主張しているが、俺はそれは自分たちLGBTに都合良く解釈しただけのことであって、ここでは聖書やコーランに素直に読んだときの世間一般の理解を指している。)ということと、キリスト教的価値観、イスラム教的価値観と日本では異なるという点が重要だ。ハッテン場というのは日本特有のものではない。どこの国にもあるかというとそんなこともないし、ハッテン場の形態も国によって全然違う。ハッテン場ができるずっと以前からゲイは存在していたし、それこそ隠れキリシタンのようにひっそりと暮らしていた。そして、社会の理解を得るには程遠く、ときには病院に入れられ、ときには刑罰にかけられた。ハッテン場というのはゲイのゲットーでもあり、シェルターのようなものである。一説には、ソドムは隕石によって滅んだとされている。果たして歴史は繰り返されるのだろうか。神に選ばれなかったゲイの受難の歴史、隕石相当のインパクトはハッテン場創世後、何度も起きている。

 

事件のインパクト(3)

ハッテン場史_事件_003
次はエイズの話をしなければならない。エイズ、今でこそHIV感染であれば、恐れるに足らない。しかし、フレディ・マーキュリーがエイズ死を遂げ、マジック・ジョンソンがHIV感染を公表したのが1991年、そしてゲイでありエイズに感染しているということを平田豊(PN)が勇気を出して公表したのが1992年であった。1980年代、エイズは「乱交的なセックスを行うアメリカのゲイの死の病」であり、日本には関係のない、対岸の火事のような認識であったが、90年代に入るとエイズパニックが起こった。というのも、平田豊は1994年5月に死去するのだが、ゲイのエイズ患者として壮絶死を遂げる過程をドキュメンタリー番組としてテレビで放映し、自伝を出版した。「エイズが蔓延したのは、道徳観が崩壊したためではない。エイズを知らず、無防備にセックスしたことが原因なのだ。」と彼は言っている。無防備にセックスをしたのはどこで誰となのか、「道徳」とは何か。無防備にセックスをしたのは特定の相手か、それとも不特定多数か。彼の発言は一つ一つ含蓄があるが、一方で抽象的な曖昧さがあった。そこから憶測が不安となり、恐怖へと変質していった。

 

事件のインパクト(4)

ハッテン場史_事件_004
新宿の某人気ハッテン場で150人と関係したとか、上野のサウナ系ハッテン場に入り浸っていたという噂も流れ、ゲイコミュニティがパニックになった。エイズパニック、一般社会であれば、例えば電車で一緒に乗っていたら空気感染しないのか、蚊が媒介するんじゃないか、どこのだれかを教えろ、そんなエイズについての正しい知識がないまま、尾ひれはひれがついて広まっていったが、少なくともゲイの病気であって自分たちの世界とは違うという認識ではあった。反対に、エイズパニックのゲイコミュニティに与えた影響は計り知れない。ゲイ同士が相互不信に陥り、特に不特定多数とゴムなしで楽しんでいたゲイはそれこそその壮絶死の過程を明日は我が身と震撼した。しかし、告白本やドキュメンタリーが放映された頃には、特効薬とはいかなくともHIV感染が必ず死ぬ病気ではなくなった。ただ、以後現在に至るまで、ハッテン場の楽しみ方が変質した、つまり不特定多数との生での乱痴気騒ぎがなくなったとは言わないが、すっかり影を潜めることになった。

 

事件のインパクト(5)

ハッテン場史_事件_005
1994年12月、厚生労働省は「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」という国際基準を採用した。それまでは、同性愛というのは「異常」「倒錯」「変態」で治療の対象であって、同性のヌード写真を見せられて勃起しなくなるまで電気ショックを与えられるなどの荒治療を行っていた。病気ではなくなった、では、同性愛はどうやったら「治る」のか。同性愛というのはつい数年前まで面白おかしくメディアで採り上げられていた。お笑い芸人がオカマに扮してネタをやっていたし、「ホモ」という差別用語がピーで消され、あざ嗤われるキャラクターとしてオネエタレントが重用された。同性愛を「治す」ために施設に入れられて、カウンセリングという名の集団心理を利用した催眠療法、男女を共同生活させてディスカッションさせ、同性愛は不自然だという結論でセックスさせる自己啓発セミナー、信心を深めて同性愛を罪として信仰に目を向けさせる宗教、お金がいくらあっても足りないくらい、「治療」できなくなったゲイはゲイを「治す」ためにいろいろな手段を試みた。また、内省的にも「ゲイを止めるにはどうしたらいいか。」「幸せな家庭生活を送るために足を洗いたい」「社会不適合者だ。」と人知れず悩み苦しんだゲイも数多かった。ゲイは病気ではない、しかし、社会がそれを許容するには相当な時間を要し、数多くのゲイがもがき苦しんだ。ハッテン場は、そんな未来に見通しが持てないゲイの溜まり場で、虚無主義と刹那主義の入り交じった、一夜限りの社交場だった。

 

事件のインパクト(6)

ハッテン場史_事件_006
ホモフォビアの典型的事件、新木場殺人事件を取り上げる。これは、2000年の冬に起きた出来事で、東京都江東区新木場にある夢の島という、高度成長期のゴミの最終処分場だった埋立地を1978年に公園として整備したのだが、有楽町線の終着駅という便がいいところではありながら、住宅はほとんどないので、公園といっても近隣の住民がいないのだから夜になると人など全くいなくなる。広大な敷地がゲイのパラダイスになるのは自然の成り行きであった。しかし、1990年代後半に入るとオヤジ狩りが東京近郊で流行する。その延長で、ホームレスやゲイといった社会的弱者に対しての暴行が行われるようになった。90年代のゲイというのは、テレビでオネエの全身であるニューハーフタレントやホモキャラが面白おかしく取り上げられ、そしてエイズ渦で新宿二丁目がゲイの巣窟として、クローズドな世界でありつつも、報道でクローズアップして取り上げられた時期であった。当時はホモ狩りと言われたが、加害者にとっては社会風紀を正すといった「正義」も後押ししたのだろう。ゲイはハッテン行為をしていたという後ろめたさ、また身内にばれる恐れから警察に訴えずに泣き寝入りすることも多く、暴行はエスカレートし、ついには死者が出た。そして、被害者は実名報道をされ、ゲイだと暴露されてしまう。これについては、公園系のハッテン場は危ないということで、ゲイは利用を控え、また周辺のパトロールが強化されたことで、公園系ハッテン場は一時めっきり利用されなくなった。有料ハッテン場にとってはむしろ客が増える方向にシフトしたかもしれないが、ホモフォビアを身近に感じ、ゲイの行動が委縮した事件であった。

 

事件のインパクト(7)

ハッテン場史_事件_007
コーク、クサ、ハーブ、マッシュルーム、スピード、エクスタシー、タブレット、これ、何だか分かるだろうか?今でこそ麻薬は厳しく取り締まられるが、昔はむしろカッコいい、オシャレアイテムというか、ミュージシャンや芸能人、不良のようなアウトローに憧れた若者だけではなく、ゲイカルチャーにも深く浸透していた。エイズの足音が異国で聞こえ始めたあたりから、ゲイというコミュニティが暗くどんよりと湿ったところから、明るいけれど虚無的で退廃的な、斜陽的というか明るい展望が見いだせないので今を楽しむと言った感じになった。麻薬は目の前の現実さえ忘れられる魔法のクスリであった。しかし、いずれも高価で粗悪品も多く、次第に手に入れることが難しくなっていったが、新たに合法ハーブ、合法ドラッグと呼ばれたものが現れ、そのうち、5meoとrushはハッテン場で普通に使われていたし、ハッテン場でも購入することができた。一部のゲイにとって、ハッテン場はキメセクをする場所だった。この2つはいわゆる媚薬で、特にウケには必須アイテムであって、5meoは舐めて経口摂取するものなのであまり目につかないが、ラッシュはよく目にした。

 

事件のインパクト(8)

ハッテン場史_事件_008
黄色い瓶に赤い字で書かれたラッシュの瓶を片手に、時折瓶を近づけて鼻から交互に当てて勢いよく吸いながらセックスを楽しんでいた。ラッシュは揮発性物質で、シンナーのような臭いがして、ハッテン場はこの臭いで溢れていた。ウケが摂取すると、感覚が過敏になって、ちょっとした刺激にも過剰な反応を示し、さっきまでとはうって変わって叫び悶え、大声で連呼して喚いていたと思ったら急に素に戻り、また摂取して、といったように、いったんやったら病みつきになるような媚薬であった。常習者となると嗅ぐだけでは足りず、スプレーで喉に噴霧するなどして摂取し、ゲップからラッシュ臭がするくらいであった。しかし、2005年に5meoが、2006年にラッシュが指定薬物となり、販売が禁止されると同時ハッテン場でも使用が禁止された。ただ、当時は海外で容易に購入できたし、皆が指定薬物になる前に大量購入していたので、ハッテン場からこの臭いが消えるのはそれからしばらく経過してから(2014年に個人の使用・所持が禁止、2015年に個人輸入禁止)だった。ハッテン場が薬の巣窟と呼ばれたのは、最早やめられなくなった常習者が、そうした手段で手に入れてハッテン場に持ち込んでいたからであった。

 

事件のインパクト(9)

ハッテン場史_事件_009
ゲイ雑誌の通信欄を知っているだろうか?昔、ゲイは月刊誌にメッセージを載せて、興味がある相手に対して雑誌社経由で返信するという、まことにまどろっこしいやり方を取っていた。そんな会うまでに途方もない手間暇のかかる面倒なやり取りを抜きにしてヤル、それがハッテン場のレゾンデートルだった。それが電話の伝言メッセージ、電子メールの登場、掲示板、チャットと通信手段が激的に進化を遂げ、知らないゲイ同士が容易に出会える環境となった。そしてSNSでゲイ同士のつながりが密接になり,今では携帯電話のアプリで近くのゲイが検索でき、マッチングまでできるようになった。ハッテン場という限られた空間の中から探すのではなく、街中から広く探せるようになった。しかも無料で。ゲイ雑誌は次々に廃刊に追い込まれた。その波はハッテン場にも当然押し寄せた。

 

事件のインパクト(10)

ハッテン場史_事件_010
2010年代初頭、東京のデストラ、大阪のタフが公然わいせつ幇助の容疑で摘発された。全裸が公然わいせつということだ。昔から全裸イベントなんてあったのに、なぜ今更摘発するのか、見せしめだとか嫌がらせだ、別件逮捕だとかいろいろ憶測をよんだが、いずれにせよ、ハッテン場に行くことが場合によっては公然わいせつになりうるということで騒然とした。ハッテン場検索サイトのハッテンナビが一時的につながらなくなり、ハッテン場の半分は自主休業し、一部の店は全面改修をせざるを得なくなった。それ以前、ハッテン場のルールなんてあってないようなもの、店によって千差万別だったのだが、その後、一斉に全裸禁止、薬物禁止をルールで明示した。何でもありだったハッテン場がルールに縛られることになった。現在に至るまで、「全裸」OKのハッテン場は一軒もない。また、ハッテン場の設備やレイアウトも大幅な変更を強いられた。批判を恐れずいうと、それ以降のハッテン場は大人しくなり、ノリが悪くなり、エロくなくなった。出来率が悪くなり、人足が減った。職務質問さえも嫌がるゲイにとって、ハッテン場で現行犯逮捕は致命的だ。

 

事件のインパクト(11)

ハッテン場史_事件_011
2019年冬、中国から謎の肺炎が現れた。しかし、2020年に入ってもなお海外旅行に対する規制は敷かれず、中国起源の、後の新型コロナと呼ばれる謎のウイルスは世界へ拡散し、変異していった。2020年4月の緊急事態宣言、ハッテン場は営業停止に追い込まれた。韓国では5月にソウルのゲイバーがクラスターとされ、ハッテン場も訪れていたことが報道されると日本のハッテン場も他人事では済まなくなった。ハッテン場もコロナ対策をしつつの営業形態を強いられたが、そもそもハッテン場のコロナ対策には限度があり、今までハッテン場に通っていた人たちの足も遠のき、出張や旅行もままならないなかでハッテン場は集客に苦しむこととなる。特にアルコールを伴うハッテン場長期の休業を強いられた。そして、外国のゲイのツーリングスポットになっていた老舗ハッテン場は苦戦を強いられ、うちいくつかはひっそりと店を閉じることになった。

 

名残に想いを馳せて(1)

ハッテン場史_名残_001
ゲイの社交場であるハッテン場、歴史を語る前に、ゲイの扱いが今とは異なることを触れなければならない。ゲイは今も昔も存在したが、つい最近まで、ホモと呼ばれ、ゲイは病気であり、異常性欲であり、国によっては犯罪者という位置づけであった。また、今でこそバブルを経て経済大国として君臨しているが、日本は敗戦国で極度の貧困を経験してから復興、そして高度成長を遂げたのである。ここで扱う有料ハッテン場は、貧困と娯楽、便所、夜の街、秘密厳守からそれぞれ産声を上げ、凄まじいゲイバッシングの中を生き抜いて、現在に至っている。もちろん、ハッテン場というのはどれもが自然発生したわけではないのだが、ここでは無料ハッテン場との接点と融合、そして発展を軸にして、「名残」から歴史を紐解いていく。まず、ハッテン場というのは混沌から発生するが、それには条件がある。男しかいないという空間である。男100%という条件を満たした空間は、様々な要因によって徐々にハッテン場化していく。ハッテン場化、その過程はゲイの排他的・独占的使用である。ゲイ100%の空間になって、ハッテン場化は完成を見る。

 

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Author:いち
俺はゲイです。いくつかブログを書いていますが、このブログではハッテン場に特化して書いています。思ったこと、経験したこと、またハッテン場の分析や傾向と対策、経営戦略についていろいろ書いていきます。テーマがテーマなので、内容もそれなりにコアな感じになりますが、それでもよければ見てください。ハッテン場に興味を持っているゲイを対象にしていますので、それ以外の方はご遠慮ください。初めて来た方は、カテゴリを選んで読んでいただくことをお薦めします。

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